物理教育 第51巻 第2号(2003)

 

目  次

 

論  説

 今日の教育構造の課題 〜熱力学系の観点から〜…柳瀬 秀共…73

新しい教育改革がスタートする一方で学級崩壊の低年齢化が進み,教師のストレス,特

に新規採用の教員の心的負担が増えている。都市型の人事管理が教育にも浸透していく中,

現場から危機的な状況を伝えると共に,エントロピーの観点を持って子供たちの潜在的な

ストレスを説明し,今日の教育問題が構造的な課題を抱えていることを提言していく。

 

研究報告

素朴概念の実態を基に開発した円運動教材を用いた授業実践…田中 照久・定本 嘉郎…79

円運動に関して,多くの高校生は教科書に沿った授業を受けても科学的概念を持つに至

らないという調査結果を基に,円運動の学習を効果的に支援することを目的とした演示装

置と生徒実験を開発した。この教材を授業で用い生徒の反応を調査したところ,次のこと

が分かった。まず,生徒実験で試行錯誤することは生徒同士での話し合いを活発にし,生

徒自身が保持している素朴概念を明確にする。さらに演示実験の観察を行うことにより,

円運動に関して生徒の有する素朴概念を科学的概念へと変容させる。

 

ドップラー効果による速度測定 −学生実験への導入−…別所 進一…85

ドップラー効果によって物体の速度を算出するため,40kHzの超音波を一定速度で移動

する反射板に反射させ,反射音の振動数変化を測定する装置を試作した。さらに,この装

置を学生実験に導入して教材としての価値を検討した。算出速度は3~10cm/sの速度範囲で

有効数字二桁の精度を持つことが分かった。実験技術及びデータ処理技術の程度から判断

して,ドップラー効果の学生実験として効果的と判断された。

 

超音波のうなりを利用した超音波実験装置の開発…米田 隆恒…90

超音波の実験はさまざまな利点がある。しかし,超音波の発生方法は難しく,また,耳

に聞こえないので観測が抽象的であるという難点がある。ところで,超音波のうなりの振

動数が可聴音の領域にあると,うなりを耳で聞くことができる。このうなりを超音波の観

測方法として利用し,ハウリングによる超音波発振機1)と組み合わせて,直感的にわか

りやすい超音波実験装置を開発した。また,この装置を使って,干渉やドップラー効果な

どの生徒実験を行った。

 

物理教育をテーマにした総合化に向けて −環境教育クロスカリキュラムの実践と分析−

   …桐山 信一…93

環境教育クロスカリキュラムでは,学習者は異なった複数の視点からの考察を通して対

象となる環境の問題を理解するなかで,一面的な学校知識の注入を越えて,生活や現実と

つながった意味のある学習を展開する。クロスさせる事柄を太陽紫外線に設定して実施さ

れた環境教育クロスカリキュラムの授業では,多角的なものの見方・考え方を通して,生

活や現実に目を向けさせる意味のある内容とすることができた。また,多様なクロスの在

り方から見通される「物理を核(中心)にした環境教育クロスカリキュラム」の構想を示

し,総合学習に対する物理教育・理科教育の関わりの在り方について一つの方向を示すこ

とができた。

 

学生実験に向けた簡単な回転粘度計の試作…佐藤 直記・竹中  久…99

一年生対象の物理実験では,流体に関することとして「液体の粘性係数の測定」を課題

としている。その方法は,サイズを測定したガラス管を用いて単位時間当たりの流量を計

測することで,ハーゲン・ポアゾエュの法則から粘性係数を求めるものである。しかし学

生諸君に液体の粘性を,もっと直感的に印象深く受け止めてもらうために手軽で簡単な回

転粘度計を試作し,実際の学生実験に採用可能であるか検討した。その結果吊り下げ針金

の選定,除震対策,液体温度の安定化等に工夫すれば十分に教育的実験となる結論に達し

た。

 

過剰虹の干渉理論について…山本 郁夫…104

虹についての幾何光学的な関係式を,主虹角付近において展開することにより,透明な

円柱状物体による光散乱で生じる過剰虹を記述する比較的簡単な式を得ることができた。

細いガラス円柱にレーザー光をあてて,その散乱光を観測した結果に同式を適用したとこ

ろ,十分な精度で実測値と定量的な一致を見た。

 

私の工夫・私の実践

微分方程式を解かずに半減期公式を導出する…新田 英雄・金城 啓一…107

微分方程式を解かずに指数・対数関数の知識のみを前提として半減期公式を導く方法を

考案した。授業実践を行い生徒の理解度を調べたところ,上位の生徒は十分理解できるこ

とが分かった。

 

北海道支部特集

小⇔中⇔高⇔大の連携を願って…中野 善明…109

戦後復興の中で欧米諸国に追いつけ追い越せと理科(物理)教育に力を注ぎ技術立国と

して認知された日本ですが,何故か10年ほど前より若年層の「理科離れ・物理離れ」が顕

著に現れてきた。最近では,さらに「学力低下」が耳にタコができる程聞き飽きた言葉に

なった。

  「理科に興味を示さない子」,「学力の低下の子」の増加抑制は根本的な教育改革が必要

と思うが瞬時に変革は無理で時間がかかる。しかし,現実にはこれらの子供達がいて,か

つ着実に増加している。我々はこの現状をただ見過ごすわけにはいかない。

 我々教育者も変わる必要がある。その一つの方策として,高大,中高,小中,幼小連携

といった各学校間において,互いに影響しあう関係づくりによって,お互いが現状から変

わる努力をしなければならない。大学は高校教育の批判ではなく,高校は大学入試制度の

指摘ではなく。

 北海道では「青少年のための科学の祭典」,「種種の研究会」が現在も活発に進行中であ

る。これらの交流を通して,学校外活動による一つの大高中小連携の実践が行われている。

これら実践の延長線上で学校間連携の実現を願っている。

 

北京訪問記「素尼探夢」での科学祭り

   …菅原 陽・宮川 淳后・高梨 賢英・加藤 識泰・齋藤 隆・平松 和彦…110

2002年12月21・22日,北京の「素尼探夢(ソニータンモン)」にて日中国交30年周

年の記念行事が行われた。素尼探夢は北京の中心地にあり,ソニーの運営する科学館であ

る。北海道旭川西高等学校の平松氏からの打診により,「科学祭り」に参加することになっ

た。日本からは6名,中国からは8名がそれぞれ実験ブースを運営した。他国での材料の

準備や実験機器の送付,ほかにも言語の壁など準備段階からの様々な問題を乗り越えて成

功させたことに関わったメンバーは誰もが感激した。ブースは中国人のスタッフ2名と通

1名でチームを組み,日本と中国の真の交流を実践した貴重な体験であった。 

 

リフレッシュ理科教室…横関 直幸…118

2002年8月5・6日,応用物理学会北海道支部主催・物理教育学会北海道支部共催で北

大工学部を中心に「リフレッシュ理科教室」が行われた。小中高の多くの先生方が参加さ

れ,学問的また応用工学の先端の実例として,大変興味ある様々な実験を目の当たりにす

ることができた。滅多に観察できない現象や装置を直接操作したり体験できたことに,参

加者は驚きの声を上げている。準備された研究室のスタッフの皆さんには,ここに深く感

謝の意を表したい。皆「リフレッシュ」して学校現場に戻ったが,その後多くの方から今

回の実験内容の紹介と多くの感想をいただいた。それぞれの研究室のこの貴重な公開実験

と参加された方の体験をここに報告する。

 

ゲルマニウムラジオ作成の工夫…高橋 尚紀…124

本研究では,半田付けを行わず,工作をするように作成できるゲルマニウムラジオの作

成方法について説明し,受信可能な周波数帯を調べた結果を紹介する。また,ラジオの作

成を科学の祭典や北海道立理科教育センターの中学生向け講座の中で行った結果を踏まえ,

実際の授業でラジオの製作をどのように行うかを考察する。

 

電気抵抗の温度変化の体験実験(本当にドライアイスは必要か)…山本 睦晴…127

一般に金属の抵抗は温度によって変化し,その温度が高くなるほど大きくなり,逆に温

度が低くなるほど小さくなる。この性質を確認する実験はドライアイスなどを使って資料

を冷やさなければならないと思っていたが,これを生徒実験で行なうと大量のドライアイ

スが必要になり費用もかかる。しかし,ドライアイスの代わりに塩と氷を使ってもわかり

やすい結果を得ることがわかった。また視覚的にもわかりやすい実験をおこなうことがで

きたので報告する。

 

コンピュータの史的展開とその物理学的側面

  −高校教科「情報」への提案…浜谷 成樹・下山 雄平…131

コンピュータの史的発展を物理学的側面より分析し,過去・現在・未来におけるコンピ

ュータないしその予想像に統一的評価を加えた。かつ「情報」の教育課程に改善の提案を

行った。このような物理的考察によって,スピンや水素結合などの物理現象を,現状で採

用されている電流の替わりに,情報の担い手として採用できることがわかった。この結果

は将来の「情報」科の授業への多彩な展開が期待できる。

 

連  載

ノ−ベル賞受賞者たち(3)プランク…高田誠二久…137

作用量子定数hは1900年末にプランクによって提唱され,有効3桁の数値を与えられた

が,この業績にノ−ベル賞が与えられるまでには18年の歳月が必要であった。この時間差

を学術と社会の両面から分析し,併せて,プランクの諸活動が日本の物理教育に及ぼした

影響を総括する。

 

ノーベル賞受賞者たち(4)タウンズ…霜田 光一…142

1964年度のノーベル物理学賞は米国のタウンズとソ連のバソフとプロホロフに授与さ

れた。彼等は量子エレクトロニクスの基礎を築き,それによってメーザーとレーザーを実

現した。レーザーは工学的産業的応用だけでなく,基礎科学にも革新をもたらしている。

レーザーの発明を導いたタウンズの生涯をたどってみよう。

 

談話室

高校での数学と物理の教育における一つの問題点…林 昌樹…147

生物を担当して考えること…福島 肇…148

 

図書紹介…吉澤 純夫…150

 

新刊案内…青野 修…151

 

会議報告

IUPAP 物理教育国際委員会(ICPE-2002)報告…兵頭 俊夫…152

2002年のIUPAP-ICPE(国際純正応用物理学連合−物理教育委員会)は8月10−11日に

スウェーデンのルンドで開催された。これは同地で8月5-9日に開かれたGIREP2002の直

後に持たれたものである。ここでは,ICPE2002 委員会について報告するが,その前に

GIREP2002 についても間単にふれる。

 

委員会報告

2003年度センター試験 物理問題の検討…日本物理教育学会 入試検討委員会…155

センター試験を利用する大学の数は年々増加の傾向にあり,受験者の数も増加している。

センター試験の問題が大学入学試験に与える影響が増えてきていることを意味している。

それがゆえに問題はよりしっかりと検討される必要がある。

日本物理教育学会入試検討委員会では物理TA(本試験)の検討を近畿支部,北海道支

部を中心に行い,物理TB(本試験)については,アンケート調査を実施し,その結果を

もとにして入試検討委員会で検討をおこなった。

今回のアンケート用紙は,昨年と同様「物理TB」の問題について全体的な意見と各問

についての意見を選択肢で答えていただくと同時に自由に記述していただく部分も用意し

た。会員の中から約400名を抽出し,問題とアンケート用紙を発送し,2月5日までに回

答を求めた。回収数は109であった。

以下物理TBについてはアンケートの集計結果と当委員会での議論に基づいた意見を,

物理TAについては北海道,近畿両支部で検討した意見を報告する。

議論は,大学志願者の「高等学校における基礎的な学習の達成度を判定する」という大

学入試センター試験の目標が学習者に対してどのように実現されようとしているか,とい

う観点にたって行われた。

なお2003年度センター試験の問題と解答は日本物理教育学会ホームページ

http://www.soc.nii.ac.jp/pesj/)又は大学入試センターホームページ

http://www.dnc.ac.jp/)で見ることができるので参照してほしい。

 

学会記事

新課程における「物理U」選択分野の大学入試での取り扱いについての提案

   …日本物理教育学会近畿支部…164

 

Information168