◆物理教育 52-4◆

 

 

学会誌「物理教育」の原稿を良くするために…霜田 光一…293

 編集担当理事の依頼を受けて,よりよい原稿の投稿を促し,「物理教育」を改善するための意見を述べる。これは私見であって,もちろん編集委員会の審査を通して発表されるけれども,編集委員会の意見を代表するものでも,編集担当理事の意向を代弁するものでもない。

 一般的な科学論文の書き方や,理系の作文技術といったことは,既刊の参考文献に譲り,本学会員の投稿論文を念頭において個人的意見と提案を述べる。模範的文章を提案するものでも,良い投稿原稿を書く秘策を発表するものでもない。「物理教育」にはどのような原稿が良いかを考え,良い原稿を投稿するための心得や,投稿原稿を推敲し改良する方法などについて述べる。

 

 

特別講演

 

「クォークとその物理 −最近の発展と混乱−」

 −2004年度 第21回物理教育研究大会 特別講演−…中野 貴志…296

 クォークは,物質を形づくる基本粒子であるが,3個或いは2個ずつハドロンの中に閉じ込められており,単独で観測されたことはない。4個以上のクォーク閉じ込めの形態は,理論的には可能であるが実験で観測されたことはなかった。近年,SPring-8のレーザー電子光ビーム施設で5個のクォークからなる新粒子(ペンタクォーク)の存在を示す実験結果が得られた。結果の発表後,1年以内に20以上の実験グループが世界各地で追試を行ったが,肯定と否定が約半々で決着はついていない。この講演では,現在の研究の状況と今後の予想される展開を発表する。

キーワード クォーク,クォークの閉じ込め,ペンタクォーク

 

 

研究報告

 

フラウンホーファー線による水素の存在の観察授業…関口 隆司・湊   淳・小澤  哲…299

 高等学校の「光のスペクトル」の単元では,スペクトルの名称を学ぶ程度で,実験・観察においてもカドミウムなどのスペクトルをただ眺めるだけで終わっている。スペクトルをクラス全体の生徒に同時に示すことができれば,吸収スペクトルの観察や,フラウンホーファー線の観察から,太陽大気中に水素が存在することを検証することができる。そこで,スペクトルをTVモニター上で観察する装置を開発して,これらの実験を実現した。

 

中学1年生の理科学習に対する意識…中福 千壽・進司 克巳・高橋 ゆい・足達 伸司・中城  満・濱谷 浩永…305

 中学1年生が小学校の5,6年生の理科で学習した物理的領域,化学的領域についてどのような意識を持っているのかを平成14年度と15年度にアンケート調査で調べた。アンケートは理科の各領域について面白かったかどうかや好き嫌いと自信度(理解度)及びそれぞれの理由について尋ねた。実験あるいは工作があった授業,楽しかった授業について好きと答えた生徒が多かった。また,好きと答えた授業については理解が出来たと考えていることが分った。

 

放射線を使って見えないものを見る…新田 英雄・金城 啓一・鴨川  仁・川角  博…311

 放射線の生徒実験を開発した。密封放射線源と簡易GM管を用いて,箱の中に隠されている複数個の立方体金属の位置を推定させるというものである。放射線の透過と吸収という基本的性質とその応用方法を直感的に把握させることを狙っている。実験は単純かつ短時間で終了する。宝探しゲーム的な要素もあり,楽しめる実験として生徒の評判は大変良かった。

 

減衰を考慮した気柱共鳴実験の解析…山本 郁夫・入野 善行…315

 パソコンの録音機能を使って気柱共鳴の実験を行い,いろいろな周波数に対して,気柱長を変えたときの音波の振幅,および位相の変化を調べた。管口付近で観測された音波に対する結果は意外と複雑なものになった。実験結果は,減衰を考慮した気柱共鳴の理論で非常にうまく説明できることが分かった。

 

 

論説

 

物理量の表記と単位について…北村 宏夫…320

 物理用語の単位には単位量を表す場合と単位記号を表す場合があり,一般的に混用されている。そのため,単位記号を物理量と誤解した表記・論説さえ見られる。 そこで,筆者は混用による問題点を指摘した後,物理用語の単位は単位量とみなして単位記号と区別する立場で,物理量の表記について提案する。

 

 

研究短報

 

濃度差による光の屈折現象の教材化…小池  守・田川 健太・松本 克之・西山 保子…323

 著者らは,既にシャーレを用いた水レンズを使い,光の屈折原因の一つに溶液濃度が関係することを演示する教材を開発し報告した。しかし,レンズの使用により,学習の複雑さが増すという指摘もある。本報では,ショ糖水溶液と蒸留水とを寒天で固めて重ねた観察槽を用いることで,溶液の濃度が原因となる光の屈折現象を簡便に観察できる教材を製作した。実際に,公立小学校6年生に,濃度差によって生じる光の屈折現象を観察させたところ,驚きのある教材は科学的なものの見方を付けるために有効であることが示唆された。

 

私の工夫

 

ぬいぐるみを利用した楽しい振り子の授業…牟田  淳…325

小学校の教員を目指す大学生に対して,小学生が興味をもち,印象深く授業を理解するための新しい授業の開発の例として,「ミッキーマウスを用いた振り子の授業」を考案した。ミッキーマウスなどのぬいぐるみを使って,「与えられた時間に最もミッキーマウスにボールをタッチさせるにはどのように振り子をつくればよいか」という授業を通して,振り子への興味を抱かせた。学生は実験の予想,実験ともに非常に盛り上がり,この実験が学生の興味をとてもひく実験であることがわかった。

 

回転系に視点を固定した映像の効果…相川 文弘・関 みはる・大沼  甫…327

 

 

解説

 

「揚力」をどう教えるか…丸山 祐一…329

 航空機の翼などに発生する揚力の物理的メカニズムを初学者に教える方法として「流体の下向き加速による説明」と「翼の上下の流速差による説明」の2方向からの説明方法を比較・評価した。それぞれの説明内容の論理的正当性,説明方法の汎用性,物理現象の本質に沿っているかどうか,理解しやすさ,の4つの観点から検討した結果,「下向き加速による説明」の方がすべての点で優れていることが判明した。「流速差による説明」は複雑で理解しにくく,現状では論理構成に多くの不備が含まれるが,この方向での説明が原理的に否定された訳ではない。

 

 

近畿支部特集

 

新たな理科教育の創造 —近畿支部特集にあたって—…高橋 憲明…335

日本物理教育学会誌「物理教育」に支部特集が掲載され始めたのは1994年頃だと記憶している。当時,北海道支部や東北支部の特集が見られる。近畿支部でも1995年に「物理教育に現代的自然観を」や,1996年に「市民的教養の自然科学」の題目で書かれた特集が見られる。定常的に支部が特集記事に寄与してくると,次は号全体を支部で責任を持って編集するようになった。2000年の第48巻第2号である。今回の第52巻第4号においても,支部特集が続けられる。この計画が発足してから,発展を続けてきた過程を思うと感無量である。ますます,「物理教育」誌が発展することを期待する。

 この号では近畿支部が担当し,「新たな理科教育の創造」の主題の基で近畿支部の活動を中心として取り上げる。折しも本年8月に行われた,第21回物理教育研究大会では,その主題が「新たな理科教育の創造」であった。テーマが同じであるのは,今,緊急の要を認めるからである。

 近畿支部ではすでに平成1999年に“よみがえれ理科教育”を東京書籍から刊行した。もとの大阪支部結成30周年を記念した出版事業であった。当時,すでに大阪支部では物理,化学,生物,地学の縦割りの考え方はもはや成り立つものではなく,理科全体として捉える必要のあることが,事あるたびに強調されていた。当時の大阪支部は現在の近畿支部の母胎であることは勿論であるが,神戸地区(兵庫県)も含んでいた。ちょうど,日本物理学会大阪支部のようであった。この支部を中心として活躍された先生たちの中には,当然兵庫県の方が多くおられた。包括理科の計画に参画している支部会員をご覧戴いても,それが見えてくるであろう。

 今回取り上げられている論文は大別して3種に分けられる。包括理科,アドバンシング物理,および学校教育に連携を取入れる新理科教育プログラムである。振返ってみると,近畿支部で考え,議論し,そして発展させてきたものがここに集結してきたと言う感がある。

 包括理科は科学観を始め,科目の縦割りをなくし自然全体を取組むべき対象としようとする。その基礎は物理であり,数学と情報を含むけれども,これらに固執するものではない新しい体系を発展させている。自然科学の本質を若者に親しみやすいものとして提供して欲しい。科学・技術立国を目指す日本の新しい教育を担うホープと位置づけることは出来ないだろうか。

 アドバンシング物理は取扱う対象は一見伝統的であるが,その取組み方は情報の方法を多用する極めて現代的なものである。実験の方法にも工夫が見られ,これからの発展が楽しみである。

 一方,大学入試の物理教科の検討から始まった新理科教育プログラムにおける連携の考えは,今後の教育全体に重要であろう。

 教育には長年に亘る投資と努力が必要であることは,我が国ではよく認識されている。本来充実しているべき教育に関して,多々論争されるように,問題山積とは一体何なのだろうか。どこかに大きな誤りがあると考えざるを得ない。今回の一連の研究計画が自然科学教育,ひいては教育全体に大きな転機をもたらすことを期待する。

 

「第21回物理教育研究大会全体テーマ討論会報告」−新たな理科教育の創造−…秋山 和義・上地  宏・堀内 直代・大平 雅子…366

 第21回物理教育研究大会では分科会を設けず,全員が一堂に会して全プログラムに参加した。これらを踏まえて,全体テーマ討論では,大会テーマ“−新たな理科教育の創造−”について議論を深めた。本編では討論の概要を報告する。

 

 “包括理科”の教科書…原  俊雄・秋山 和義…340

 包括理科の教科書について,各章,節,の構成と内容を検討した。初めに原子論をもとに物質とその変化,自然の階層構造を概観する。続いて物理(力,運動,電磁気,熱などの基礎)を展開して自然科学の基礎とする。さらに保存則,エントロピー増大則を軸に,物質の変化,生命,地球環境などを包括的に扱い,統一的自然観の獲得をめざす。

 

包括理科における「自然科学への導入」…菅野 礼司…342

 物理を基礎とする包括理科では,自然科学の基礎概念や基本法則を基本に据えた科学理論の体系を学ぶ中で,「科学とはなにか」を把握できるようにする。 自然科学は,自然に関する個別知識や法則の単なる寄せ集めではなく,物理学を基礎としその上に築かれた一つの理論体系である。また,自然の仕組みを探究するために自然科学特有の「方法」がある。それゆえ,科学教育では,科学の理論と方法の両方を教えることで,科学とは何かを理解させ,自然観を育成すべきである。科学とは何かを正しく理解するには,好きなもののみを摘み食いするのでなく,系統的かつ体系的に学ばねばならない。また,科学の方法の意味を理解するには,理科の各分野の知識を学ぶ中で,科学の方法を具体的に把握しなければならない。本稿では,これまでの理科教育であまり意識的に教えられなかった「科学の方法」を中心に取り上げ,その内容と意義について述べると同時に,その導入方を科学史的観点も交えて具体的例を挙げてに展開する。

 

理科総合A,Bと包括理科との比較…上地  宏…348

 物理,化学,生物,地学,人間と社会,論理と方法を科学の原理を基礎にして,統一的に教育することが包括理科の目的である。内容を理科総合A,Bと比較して,包括理科の課題について説明する。物理教育研究大会(大阪学院大学,8月)における包括理科の研究発表と,全体テーマ討論での会場からの質問を鑑みて,いくつか問題点を明確にする。例として,理科総合Bの内容を統一して説明する包括理科の第4章,エネルギー保存則とエントロピーの法則(熱力学)の概略を説明する。

 

新理科教育プログラム創造委員会の目指すこと(その1)

 −新しい理科の教育課程創造に向けての研究−…筒井 和幸…352

 日本物理教育学会近畿支部では,現在の学習指導要領に起因する諸問題の根本的な解決を目指して,より望ましい理科の教育課程を構想し,その実現を図ることを目標に,新理科教育プログラム創造委員会を組織して活動を行っている。ここでは,本委員会の活動の一環として行う教育課程の現状に関する調査・研究の概要と,初等中等教育における理科の教育課程に関して委員会内で出されているいくつかの考えを紹介する。

 

新理科教育プログラム創造委員会の目指すこと(その2)

 −新『物理II』の項目配列上の問題点と教育実践の在り方に関する研究−…小川 雅史…356

 昨年,物理教育学会近畿支部は新学習指導要領(新課程)の物理Uにおける選択分野の,大学入試における取り扱いに関して緊急避難的な提言を行った。その後それは,物理教育学会の提言となり,さらに広く全国の物理教育に携わる大学関係者にも周知されることとなった。提言後の活動として近畿支部はこれが提起した問題のより根本的な解決と,より望ましい物理教育の実現を目指して活動を開始した。すなわち,提言のための委員会を「新理科教育プログラム創造委員会」として発展させ,活動を行っている。ここでは私の考えも含めてその取り組みの−端を概要的に示すと共に,選択分野に関する教育上の問題点を整理し、その内容や,実践可能な指導計画,あるいはそのために利用できる教材や資料の開発などについて,平成16年度の物理教育研究集会全国大会での発表の要旨をもとに述べることとする。

 

実用的な電磁器械を活用した『アドバンシング物理』電磁気学についての評価

…山崎 敏昭・岩間  徹・笠  潤平・山口 道明・萬處 展正・高田 雅之・谷口 和成・宮永 健史・藤田 利光・村田 隆紀…358

 イギリスの新しいAレベル物理コース「アドバンシング物理」は,今日の社会で生かされている物理学の姿を示すことを特徴の一つとしている。電磁気学においても,実際の変圧器,発電機,モーターなどの仕組みや設計の学習を通して,電磁気学の原理を具体的に学ぶことに力点をおいている。このアプローチについての分析と評価をすると共に,日本の高校物理での電磁気学と比較検討し,日本におけるカリキュラム改善の可能性,方向性について検討する。

 

 

談話室

 

うなりの逆は必ずしも真ならず…霜田 光一…364

 

 

図書紹介

 

高校生のための近代物理学史…西條 敏美…365

 

アドバンシング物理新しい物理入門…西尾 信一…366

 

藤岡町二十世紀に活躍した人々(下)…広井 禎…367

 

 

学会報告

 

21回物理教育研究大会報告…高橋 憲明・越桐 國雄…368

 

 

Information…371