物理教育53-4

特別講演 

●地球環境流体の力学特性とエネルギー

吉田 静男…295

 一般に地球流体力学といえば「地球内部と周囲を含めた流動体の流れ現象すべてを対象とする力学」を指す。しかし,その流れの種類は非常に多く,これを統一的に論じることは不可能である。そこで本講演ではその中の環境流体,すなわち,大気,海洋,河川などの流れについて述べる。ただ,このように話題を限定しても,各流れには特有のスケールと境界条件があり,一まとめに論じることは容易ではない。限られた時間の講演である以上,十分にご理解いただくことは困難と思われるが,普段あまり接することがないと思われる分野での物理学の重要な貢献を知って頂ければ幸いである。

キーワード 地球流体力学,環境流体,コリオリ力,大気海洋循環,河口成層流,風力エネルギー,海洋エネルギー

 

研究報告

●音反動車がまわるわけ

本弓 康之…303

音反動車の回転する原因が,ヘルムホルツ共鳴器の内部と外部の圧力差によって生じる力ではなく,共鳴によってヘルムホルツ共鳴器の開口部分付近に生じる空気の流れであることが明らかとなった。

キーワード 音反動車 ヘルムホルツ共鳴 気柱共鳴

 

●エポニムの知名度調査の学校間比較 −高校物理を事例として−

鶴岡 森昭 …307

 高校物理教科書に掲載されている物理学者60名について,高校物理の課程修了時における知名度を3段階の尺度で,異なる3校の普通科高校の生徒218名を対象に調査した。知名度の学校差の要因として,中学校理科や高校他科目での既習や,授業の進行における配列位置や,教師の解説が生徒に与える印象などが考えられる。本調査のような生徒の物理学者に対する知名度の知見は,物理に対する生徒の関心度・理解度を測る一手段として重要であり,教科指導改善の焦点を絞る上で有益であると思われる。

キーワード 高校物理,エポニム,知名度,学校差

 

●実験・観察と説明用教具を組み合わせた波の干渉の指導

関口 隆司・湊   淳・小澤  哲・岡野 道也…313

 高校「物理㈵」の波動の単元では,波の性質,音と音波,光と光波について学ぶが,これらの学習の中で柱となるのが干渉である。教科書等の干渉の仕組みを説明する図は,ある瞬間だけを表現しており,納得しない生徒が多かった。そこで,時間とともにどのように干渉するのか,動的に示す説明用教具を製作した。また,新たに開発した大型クインケ管や実験映像を用いて,実際に音や波の干渉を体験させ,その上で説明用教具で干渉の仕組みを説明することにより,生徒の理解を確かなものにすることができた。

キーワード 波の干渉,クインケ管,密閉音源,水と灯油の境界,2つの球面波の干渉,ヤングの実験

 

●光速の原理と電荷保存則からマクスウェルの式を導く

霜田 光一…319

 これまでの電磁気学では,クーロンの法則,アンペールの法則など数々の実験法則を基にしてマクスウェルの式を導いている。ここでは,光速の原理と電荷保存則を仮定し,これを公理として真空中の電磁場についてマクスウェルの式を導く。ローレンス条件も変位電流も初めの2つの仮定から自然に導かれる。そしてマクスウェルの式を求めた後で,クーロンの法則,アンペールの法則,ビオ・サバールの法則などを求める。 

キーワード 電磁気学,光速度,電荷保存則,ベクトルポテンシャル,マクスウェル方程式

 

●逆電気くらげ

海老崎 功…323

 荷造り用のひも(タフロープ・ポリプロピレン製)を細かく裂いたものをティッシュなどで擦って負に帯電させ,それをやはり負に帯電させた塩ビ管で浮かす「電気くらげ」の実験は,米村傳治郎の実践で有名であるが,平成15年12月に静電気の斥力ではなく引力を使った「逆電気くらげ」を開発し,各地で実践してきた1)。これを電気くらげとセットで行うと「擦る(剥離する)組み合わせを変えれば同じくらげでも正負の帯電が変わる」「異種は引き合う・同種は反発」ということが効果的に確認できる。

 

論説

●物理量の四則演算のしくみ:単位量の意味

小林 幸夫…326

 測定とは,対象の量が単位量の何倍かを求める操作である。この立場から,物理化学では 物理量=数値×単位量 の表現を採用する。しかし,物理教育では,単位が量ではないという誤解が生じている。このため,数値と単位量の積の意味が物理教育の中で正しく普及していない。単位が量だからこそ物理量の四則演算が成り立つ。量計算は,高校数学のベクトル算法と同じしくみの計算である。この事情を線型代数の基礎を踏まえて解説する。

キーワード 物理量,数,単位量,ベクトル,座標

 

研究短報

●電流学習における粒子水流模型の開発

田川 健太・松本 克之・田村 桂太・金井  司・森田健太郎・渥美 裕史・稲森 倫明・今田 利弘・奥原 竜司・小澤 由佳・佐原 友郎・宮田  斉・定本 嘉郎…332

 

私の工夫

●水滴投射実験で安定した水滴を作る方法

村尾 美明…334

 

●感温シールで「熱い・冷たい」だけを目で見てみよう

海老崎 功…335

 

談話室

●小学校教員志望学生の物理のバックグラウンド

八木 一正…337

 

 

●電車がカーブを曲がれる条件

石川 俊明 …339

 

ワンポイント

●無重量か無重力か

青野  修…341

 

●オームの法則でのグラフ作成(中学校)

山根津貴子…342

 

企画

●早稲田大学本庄高等学院 SSHの取り組み

半田  亨・影森  徹…343

 

《近畿支部特集》

●新たな理科教育の創造 その2 近畿支部特集にあたって

高橋 憲明 …350

 「物理教育」誌の支部特集が年々充実の度合いを高めていることを見ると,日本物理教育学会全体の活性化に大きな役割を担うものと考え,この計画を評価しいっそう発展はかるよう配慮されることを切望する。

 今回,近畿支部では特集に当たり前回に引き続き「新たな理科教育の創造」を掲げ,「その2」とすることにした。近畿支部がまだ大阪支部であった頃から,折に触れ取り上げてきた教科理科の内容に関する討論を今日の目で見た形で記録するためである。最近では,2003年の近畿支部特集「物理を基礎とした包括的理科の創造」や,2004年の近畿支部特集「新たな理科教育の創造」で,高校必修理科を掲げ,内容から設置の根拠にいたる提案をしてきた。次期高等学校理科の教育課程の策定が迫る中,引き続いて高校必修理科の内容と設置の必要性とについて議論し,意見を発信することが緊急かつ重要であると考えた。これが今年度の特集テーマを,「新たな理科教育の創造」その2とした理由である。

 今年8月の新聞報道では,理科離れと学力低下を食い止めるために,次期教育課程改定に向けて,理科の新しい高校必修科目の設置が文部科学省の中央教育審議会の議論で浮上してきた。しかしその内容については意見が割れているとある。すでに昨年から今年にかけて物理系3学会,教科「理科」関連学会協議会などから,中央教育審議会あてに高等学校初学年に必修理科を設ける要望書が提出されている。しかし,日本物理学会から出された2005年7月14日付けの要望書を見ると,高等学校1学年に必修理科を設置するには非常な慎重さを要し,また満足のいく必修理科を多くの人の合意のもとに作る事は至難のことと述べられている。しかも,教科「理科」関連学会協議会からの要望書には日本物理教育学会は,別意見として加わっていないのが現状である。

 本特集では,はじめに座談会形式で高等学校必修理科に期待することを議論する。それに,近畿支部の新プログラム創造委員会からの検討報告と高校必修理科をめぐる最近の動きに対して「包括理科」研究の見地から行った考察,さらに,近畿で取組んでいる「アドバンシング物理」研究会の先進的な研究報告2編も掲載している。

 日本物理教育学会近畿支部では,理科教育には物理が教科の中心的役割を担うものと認識し,高等学校における必修理科について,日本物理教育学会が指導的役割を担うべきであると考えている。日本物理学会の要望書にあるように至難のこととするのではなく,率先して充分な議論と研究をなさねばならないと考える。この点が伝われば,望外の喜びである。

 

●座談会「新たな理科教育の創造」−高校必修科目にどのような理科が望まれるか−

(司会)横田 穣一・(記録)大平 雅子

             高橋 憲明・菅野 礼司・原  俊雄・筒井 和幸・小川 雅史・山崎 敏昭・田中 義人・秋山 和義…                    351

新聞報道1)によると, 次期学習指導要領の策定をめぐって中教審の教育課程部会理科専門部会では,理科離れと学力低下を食い止めるために高等学校での「必修理科」という科目の設置が浮上し,その内容については意見が割れているとある。また,これに関連して,本学会を含む物理系3学会をはじめ,日本物理学会,教科「理科」関連学会協議会などからも要望が出され,「必修理科」の内容項目も議論されるようになった。今年になって必修理科が具体化してきた観が強い。近畿支部編集委員会では2003年の特集以来,高校必修理科の必要性を論議してきたが,新しい高等学校「必修理科」とは何か,またいかにあるべきかを考え,意見を出すことが必要と考えた。この座談会では,いろいろな面から高等学校の新しい科目「必修理科」に望むことを,自由な形で出せるよう副題を「高校必修科目にどのような理科が望まれるか」とし, 比較的緩やかにして 自由な議論,発想の中から望まれることが浮き上がることを期待した。なお,この座談会は2005年7月17日,大阪学院大学にて行われた。 (近畿支部編集委員会)

 

●高等学校における理科の必修科目の在り方について−日本物理教育学会からの提案を考える−

筒井 和幸…361

 実施3年目で,大学入試が1度も行われていないうちに教育課程の改訂が検討されている。中でも,日本物理教育学会(以下,本学会とする)も加盟している教科「理科」関連学会協議会(以下,CSERSとする)では精力的に検討が行われている。本年5月,CSERSで検討中の案をもとに本学会近畿支部内で緊急に意見募集を行ったところ,多くの支部会員の意見は一定の方向に集約されることがわかった。本稿では,支部会員の意見を整理したものを報告するとともに,本学会の代表が日本科学教育学会年会で示した提案を分析し,今後の具体的提案のとりまとめに向けた提言を行う。

キーワード 理科教育,物理教育,教育課程,学習指導要領,大学入試

 

●高校必修理科をめぐる最近の動きと「包括理科」21世紀の自然科学教育研究会

田中 義人・秋山 和義 …365

 次期教育課程の策定に向けて,理科離れが進む中,理科教育課程に関する議論が各方面で話題を呼んでいる。教科「理科」関連学会協議会,日本物理学会など諸学会から中央教育審議会宛に要望書が出された。また中央教育審議会の教育課程部会理科専門部会でも,高校必修理科の必要性が再認識されると共に,その具体案が議論されるようになってきた。ここでは,私たち21世紀の自然科学教育研究会の提案してきた高校必修科目「包括理科」の立場から,必修理科の内容を検討すると共に,新しい必修理科はいかにあるべきかを論じた。

キ−ワ−ド  中央教育審議会,高校必修理科,包括理科

 

●高校物理教育において「モデリング」を教える−「アドバンシング物理」とモデリング・ソフト「モデラス」−    

笠  潤平・山崎 敏昭・成田栄二郎・萬處 展正・北野 功治・栗木  久・鍵山 千尋・岩間  徹・小川 雅史・谷口 和成・村田 隆紀・内村  浩・宮永 健史・藤田 利光…369

 英国物理学会によって開発されたAレベル物理コース「アドバンシング物理」におけるモデリングに関する教育の趣旨を検討した。その検討結果を踏まえて,同コースで用いられているモデリング・ソフト「モデラス」を用いる実験・実習を,2003年夏に京都で行われた公開講座で行った。その後,力学分野でモデリングを行う教材を作り,複数の高校で試行的な授業を行った。それらの結果を踏まえて,日本の高校物理における,モデリング教育と力学分野での「モデラス」の利用について検討した。

キーワード アドバンシング物理,モデリング,モデラス,力学,IT利用,公開講座

 

●アドバンシング物理「センサープロジェクト」の実践報告

萬處 展正・谷口 和成…377

 京都教育大学附属高校スーパーサイエンスハイスクール(SSH)における特別授業において,簡単なセンサーシステムの設計製作をおこなうアドバンシング物理のセンサープロジェクトを試みた。生徒達は実験を行う中で,電位分割の概念を軸に討論し,現象を解釈しながら目標のシステムを作り上げた。また,その過程を通して現代科学技術の成果の一端を実感させることができた。

キーワード センサープロジェクト,SSH,探究学習,アドバンシング物理

 

学 会 報 告

●評議員会報告 教育課程をどう変えていくか

鈴木  亨…381

 本学会には,学会の事業等について,会長の諮問に応える機関として,評議員制度が設けられている。定員は50名で,任期は2年。毎年,約半数が改選されている。地域を考慮して全国にわたって委嘱されていることもあり,大会の前日に,開催地の近郊で評議員会を開くのが恒例になっている。今年は,教育課程問題に焦点を絞り,欠席の方を含めて,事前に評議員の方に意見を募り,出席の方の意見を頂き,理事との懇談を行った。以下,主たる意見を紹介・概略を報告する。おおまかに議論の展開の順に沿ってはいるが,論旨ごとに整理したため,必ずしも発言の順番ではない。司会と記録は,庶務理事が担当した。

文責:鈴木 亨

会 場:北海道大学ファカルティハウス・エンレイソウ

実施日:8月5日 15:00〜

評議員:井田,小野寺,種村,筒井,鶴岡,西尾,新田,藤田,山根,横関,渡辺

出席理事:           霜田会長,高橋副会長,増子副会長,赤羽,伊東,井上,大山,勝浦,岸澤,A原,鈴木,中野,

波田野,平山,柿沼(代理)

 

●教科「理科」関連学会2004〜05年の活動

広井  禎 …385

●<参 考>高等学校初年次の理科必修科目「基礎理科(仮称)」についての提案…386

 

大会報告

●第22回物理教育研究大会報告

中野 善明・横関 直幸…388

 

学会記事

●初等中等教育に関する意見…392

 

Information…397