物理教育54-2
研究報告
●モアレ干渉パターンを用いた距離計の試作
足利 裕人…79
最密充填に配置された同じ大きさの穴が開けられたアルミパンチ板を重ねると,元の穴の形を反映したモアレ干渉パターンが生じる。光のスリットとして用いる2枚のアルミパンチ板の間隔をd,穴の大きさをa,穴と穴の間隔をb,距離計表面の高さをLとすると,観測者から距離計までの距離xと距離計表面の単位長さあたりの
モアレパターンの数Nの関係は となる。この式は計測値とよい一致を示した。
●虹の輪の中に
高橋 正雄・渡部 雅俊・阿部 俊也…83
本研究は,山岳でごくまれに観測されるという「虹の輪」と「ブロッケン現象」への理解を深めることを目的としたものである。従来一部の限られた人しか見たことがないこれらの自然現象を再現しようとして,消防車による放水実験とスプリンクラー散水による虹の観察を行なった。残念ながらブロッケン現象は再現できなかったが,「虹の輪」はスプリンクラー散水と強い太陽光で観測できることが分かった。本研究は,多くの人に「虹の輪」を観察するきっかけを与えるものと期待される。
キーワード 虹,ブロッケン現象,影,消防車,スプリンクラー
●幼稚園児や小学生を対象にしたソーラーカー
大山 光晴…87
太陽エネルギーについて考えるきっかけを小さい子供達に与えるために,高齢者向けの乗り物として開発された電動カートを,幼稚園児や小学生用のソーラーカーに改造する試みを行った。電動カートの直流モーターの消費電力と,太陽電池パネルの発電量を接近させ,太陽電池パネルで発電する電力で直接カートを動かす仕様で製作をおこなった結果,走行時の太陽光にたいへん敏感なソーラーカーが完成し,エネルギー教育の場で十分な教育効果が期待できることがわかった。また,開発の途上でいくつかの興味ある工夫を加えたので報告をする。
キーワード エネルギー教育,太陽エネルギー,太陽電池,ソーラーカー,幼稚園児,小学生
●遊園地を活用した物理体験学習の開発 —素朴物理学の修正を促すために—
八木 一正・三上 良太・久坂 哲也・David Anderson・Samson Nashon…91
過去の研究において,子どもたちに正しい科学的概念を形成させるために,素朴概念の修正を考慮した教授方法が採用される必要性や,素朴概念の修正に関して「メタ認知的支援」を行い,「メタ認知的モニタリング」の働きを促す事の有用性が示されている。そこで本研究ではその事を踏まえ,素朴概念の中でも素朴物理学を修正する事を狙いとし,遊園地を活用した科学体験学習の開発に取り組んだ。そして,実際に科学体験学習を開催して参加者を対象にアンケートやテストによる調査を行い,その分析結果から,今回行った科学体験学習は素朴物理学の修正に有効である可能性が示された。
●レンズのはたらきを波動性から考える
米田 隆恒…97
凸レンズによる光の進み方を,光の波動性に基づいて学習するためのシミュレーションを作成した。また,レンズのはたらきを波動性から直接説明するために,超音波を用いたフレネルゾーンプレートの実験を行った。さらに,フレネルゾーンプレートとレンズの類似点および相違点を明確にすることによって,フレネルゾーンプレートが,レンズの理解を深めるのに有効な実験であることを示す。
キーワード レンズ,フレネルゾーンプレート,波動性,位相,実験,シミュレーション
●電子レンジの加熱原理に関する誤解
中村 聡…103
電子レンジの加熱原理を説明する際に,振動する水の分子同士の摩擦熱を考える場合があるが,真実に反している上,熱の分子運動論や摩擦現象のミクロなイメージの涵養を妨げる。いくらかの調査の結果,摩擦熱の説明はかなり流布していて,生徒もテレビなどを通じて聞き,更に学校教育までも荷担していることが判明した。摩擦熱を考える代わりに,「分子が振動していれば,そのエネルギー自体が熱である」と述べた方が良い。もし分子運動論を避けるのであれば,逆に電子レンジの加熱原理についても触れない方が良いと思われる。
キーワード 電子レンジ,加熱原理,摩擦熱,分子運動論
●エントロピー概念を用いたエネルギー環境教育の実践
綿引 隆文・湊 淳・小澤 哲…108
高校の物理の授業の中に,エントロピーを定性的に,または半定量的に導入して,エネルギー環境教育を実践してきたその内容を報告する。合わせて約20年前の生徒の感想から最近のものまで紹介する。
キーワード エントロピー,エネルギー環境教育,熱力学の第2法則,不可逆性
●教員養成系学部大学生にみる小・中学校理科学習の実態と問題点
川村 康文・多田 恭子…116
平成17年度の大学1年生のうち現役生ないしは既卒後1年目に入学した学生の場合,小・中学校ともに平成4年度改訂の教育課程に基づいて学習してきている。そのうちで,将来教師を目指す教員養成系学部生は,小・中学校で習った理科の学習内容に対してどのようなイメージを描いているのであろうか。既報と同様に,好嫌度という尺度を用いて理科学習の実態を浮き彫りにすることを試みた。その結果,この調査対象者においては中学校理科の好嫌度は改善され,理科好きが増えていることがわかった。しかし依然として非理科系の女子では,中学校理科での物理離れが深刻であった。また既報で課題であった「光と音」や「科学技術の進歩と生活」では,改善が進み,理科好きを増やす方向で作用しているといえた。
論説
●物理量の表記と単位量並びに単位記号について
北村 宏夫…121
物理量の表記と単位についての筆者の論説に対する反論に関して問題点を指摘し,具体的にその不合理・不適切な理由を述べる。
キーワード 物理量の表記,単位量,単位の量記号,単位記号
私の工夫
●名刺に一工夫 〜科学遊びができる手作り名刺〜
海老崎 功…123
●ブラウン運動がよく見える大型分子運動モデル実験器の製作
村尾 美明…125
ワンポイント
●「無重量か無重力か」に対して
根本 和昭…126
企画 海外の動向シリーズ
●米国の物理教育研究会参加体験記
小河原康夫…127
●International Physics Young Ambassadors Symposium の報告
小沼 通二…130
《新潟支部特集》
●特集にあたって−新潟県における「理科新課程」の完成年度を迎えて−
西脇 正和…135
平成15年度から,高等学校新学習指導要領がスタートして早3年が経過した。その基本的なねらいは当初,“各学校が「ゆとり」の中で「特色ある教育」を展開し,生徒に豊かな人間性や基礎・基本を身に付けさせ,個性を生かし,自ら学び自ら考える力などの「生きる力」を培う”というものであった。しかし,生徒の学力低下が指摘され,この間新学習指導要領を巡り,小・中・高等学校における教育のあり方について大きく報じられることも多かった。ついに中教審答申では「確かな学力」をはぐくむため,共通に指導すべき基礎的・基本的な内容を確実に定着させることの重要性が報告がされ,「はどめ規定」に関わって指導要領の一部改正が行われたのである。
また,PISA(OECD生徒の学習到達度調査),TIMSS(国際教育到達度学会の国際数学・理科教育動向調査)の国際調査結果によって,我が国の子供達の科学的リテラシーや学習意欲低下の実態が示された。そして,大学入試でもこの春「ゆとり教育」の今後を占うべく,新課程に対応したセンター試験,個別試験が初めて実施された。今後これらの分析によって,高校生が学ぶべきとされている内容と実際に彼らが身につけたリテラシーや学力等の差が,さらに明らかにされていくものと思われる。
理科の内容についても,中学校から高等学校に移行した内容があり,理科基礎・理科総合A・理科総合Bの科目が新設され,各科目の単位数も変更された。このような大きな流れの中でそれぞれの学校では,各学校毎に生徒に力をつけるべく新カリキュラムが構築され、地道に工夫・改善しながら運用してきている。節目の年を迎えて,ここまでの実践の中で新しい科目「物理㈵」「物理㈼」「理科総合A」の指導方法や内容について問題点が意識され,今後の課題やあり方がそれぞれの学校で話し合われているところであろう。
そこで,日本物理教育学会新潟支部では,このような状況を鑑み,「新潟県における「理科新課程」の完成年度を迎えて」をテーマに掲げ,県内の各学校で新課程の科目「物理㈵」「物理㈼」「理科総合A」について,現状はどのように扱われており,何が問題点や課題となっているのか,具体的な対応や意見について原稿を依頼した。また,加えて,それらに関連した調査報告や改善の方向性についての提言などもあわせて掲載させていただいた。
ここに掲載されている具体的な実践にもとづく報告や意見は,今後のカリキュラム編成や物理教育の活性化に必ずや役立つものであり示唆に富むものである。
●新旧課程の理科の状況
坂井 章…136
新潟県には100校程の県立高等学校がある(特殊教育諸学校を除く)。このうち60校ほどが全日制課程の普通科を持つ。その中の1校の進学校の新旧課程での理科の履修状況などの違いなどを考察した。教える内容の違い以外では大きな差異はなかったようである。
●新課程物理の評価と問題点
笹川 民雄…138
新課程の物理関係の科目,理科総合A,物理㈵,物理㈼を実際に指導してのそれぞれの科目の評価と問題点をまとめるとともに,次期教育課程へ向けた改善点を述べたい。
●物理新課程の問題点と課題
五十嵐伊佐雄…140
平成15年度より高等学校において現行学習指導要領が実施され,当校においても昨年度の3年生が新カリキュラムで初めての大学受験を終了した。そこで,当校のカリキュラムと明らかになった問題点,今後の検討事項等を報告する。
キーワード 物理T,物理U,学習指導要領の問題点
●新課程物理T,Uを実践して思うこと
細谷 澄夫…142
平成16年4月から「物理T」,17年4月から「物理U」を実践した。旧課程の生徒と新課程の生徒の違い,また物理Uの教科書をすべて教えることができないもどかしさ,センター試験と個別試験のギャップなどいろいろな問題点が少しずつ見えてきた。
キーワード 新課程,物理T,物理U,教科書
●長岡高校における高大連携と物理新課程の進め方
長谷川雅一…144
本校はスーパー・サイエンス・ハイスクール(SSH)に指定されて以来,高大連携事業を進めてきた。高校大学間の情報交換や,研究室訪問や課題研究は生徒にとって大きなメリットがある。また,大学の研究を体験することで物理や理科の必要性を強く感じることにつながっている。高大連携の経験から,高校物理は将来の基礎であることを再認識した。新課程になり物理の内容削減が言われているが,本校では,物理の各分野や内容の進度や順序の変更はあるが,旧課程並みの物理授業を行っている。
キーワード 高大連携,課題研究,SSH,スーパーサイエンスハイスクール
●『理科新課程』の取り組みと課題
石井 芳典…146
「生きる力」を身に付けさせるべくしてスタートした「ゆとり教育」。生徒には「ゆとり」が生まれ,本当に「生きる力」が身に付いているのであろうか。そして新課程のもとで初等中等教育を受けてきている生徒にどのような変化が生じてきているのであろうか。本校の理科新課程への取り組みと物理の授業を1年間受けた生徒の理科(物理)に関するアンケートの結果を紹介する。そして,生徒の状況を把握し,理科(物理)を好きにさせるにはどうすればいいのか,ひいては学力を向上させ,「生きる力」を身に付けさせるにはどう対応していくことが望ましいのかを考察する。
学会報告
●2006年度センター試験物理㈵および理科総合A問題に対する意見
入試検討委員会…151
Information…159