物理教育54-3

 

研究論文

●一般教育として行う物理学習 — Investigationを通して自ら学び取る授業実践 —

金城 啓一…173

 文系・理系を問わず物理の実験・考察を通して学び取る科学的方法・哲学性は高校教育に欠かすことのできないものがある。高校の必修物理はどのようにしたら文系の生徒にも理系の生徒にもこの時期でなくてはできない学習になるか。その必然として,学習者自らが実験・観察から問題を見い出し,幾多の実験観察を通して自ら謎を解き自然界の法則を見い出して行くInvestigation活動による授業に至った。学習者の思い込み・誤概念を踏まえて発見を重ねて行く実験のプログラム学習書を永年に亘って改良を重ねてきた実践研究の報告。

キーワード 探究,授業法,Investigation,生徒実験,概念形成,誤認識,プログラム学習,自らの発見史,科学史

 

研究報告

●水スターリング熱機関の観察を通した周期的動作の理解

桐山 信一…183

 持続可能性に向けた教育内容の再構成のための一つの学習として,2つの熱力学法則を環境問題との関連で理解しようとする,環境教育を視野に入れた内容を構想している。その一環として,高校物理の単元「熱とエネルギー」に関連する観察・実験を含む実践を,科学部生徒を対象に行った。熱機関の周期的動作を理解するために,水スターリング熱機関のビデオ撮影による水位の時間的変化の記録,圧力と体積の同時測定によるpV図作成を行わせた。その結果,到達目標を学習順序にそって設定し指導を行えば,周期的動作の理解が得られるということがわかった。

キーワード 熱力学法則,熱機関,エネルギー,環境教育

 

●フラウンホーファーの光学ガラスと太陽スペクトル暗線

鶴岡 森昭…189

 19世紀統一前後のドイツ国内の社会背景やフランスとイギリスとの色消しレンズ製造を巡る覇権争いに注目しながら,色消しレンズ製造過程でその性能検査に,太陽スペクトル中の暗線を活用することを発見したフラウンホーファーの足跡を辿る。またドイツ光学産業の覇権回復の取り組みを通して作られたフランホーファーを巡る神話の真相に迫る。さらにフラウンホーファーの歴史的役割を再考することによって,歴史教材の科学教育に対する新たな有効性を探る。

キーワード 色消しレンズ,太陽スペクトル暗線,フラウンホーファー,科学教育

 

●理工学基礎科目の開発 — 振動現象編 —

加藤 誠也・中島 利夫・吉田 静男…195

 最近の学生の実態と,今年度から入学してくる新教育課程による1年生を考慮しつつ,大学2年終了時での物理学のminimum essentialsとしての力学と電磁気学の振動現象を中心にすえた理工学基礎科目の開発を試みた。この科目の特色は物理理論を表示する数学(微分方程式)の提示とその解法,実験および実験データ解析のためのコンピュータ操作の3分野について,これらを融合し,相互の関連を1科目の中で把握可能なように構成されていることである。特に,力学分野の実験では,理論を十分な精度で多角的に検証できる実験を開発することができ,学生に十分なmotivationを与えることができると考えている。

キーワード 常微分方程式,振動現象,力学振動,データ解析,テキスト開発

 

●中学校の電流学習における粒子水流模型を用いた授業実践

牧井  創・中條 順子・田川 健太・定本 嘉郎…201

 乾電池の正極から出た電流が,負荷を通って乾電池の負極に戻るときに減少している等の電流に対する誤概念を解消するために,粒子水流模型を開発してきた。この模型を用いた授業実践を中学校で行った。その結果,この模型に対する生徒の興味・関心は高く,誤概念を解消し,正しい電流の概念形成に役立つことが明らかとなった。

キーワード 電流,粒子水流模型,誤概念,中学校,授業実践

 

談話室

●中学校理科における力の単位「ニュートン」の導入

新田 英雄…206

 

企画

SSHの現場から

●三本松高校SSH実践 〜生徒課題研究の取組を中心に〜

糸目 真也・三好 輝徳…208

 

ニセ科学シンポジウム

●科学と「ニセ科学」をめぐる風景

田崎 晴明…214

 さる20063月に愛媛大学・松山大学で開催された第六十一回物理学会年次大会において,「『ニセ科学』とどう向き合っていくか?」というテーマのシンポジウムが開かれた[1]。不穏な天候にもかかわらず,ジャーナリストや人文系研究者などの非会員を含む三百数十人が参加し,定員が三百人弱という会場を埋め尽くす大盛況だった。また,シンポジウムの最後の討論では,幅広い参加者たちが活発に発言し,予定時刻を大幅に延長して熱い議論が続いた。物理と社会にかかわる問題について大学院生を含む一般の会員が真摯に議論しあえる機会がもてたことは,きわめて有意義だった。

 以下では,このシンポジウムの基調になる考えを説明し,また,シンポジウムでの講演や討論などを通じて浮かび上がってきたいくつかの論点を整理したい。より具体的な「ニセ科学」の実例や,「ニセ科学」批判の実際については,菊池,天羽の寄稿を参照されたい。

 

●「ニセ科学」入門…220

菊池  誠…220

 シンポジウムではニセ科学の中でも物理学者にかかわりの深いものや物理学者の注意を喚起しておきたい問題について概観した。物理学者に限らず,科学者であればニセ科学問題に注意を払うべきであるし,ニセ科学に対して積極的に発言していくのが望ましいと思うが,いかんせん問題の存在自体に気づいていない物理学者も多い現状では,まずは問題提起をしようという趣旨である。以下,シンポジウムで話した内容をまとめる。なお,筆者のウェブサイトでもニセ科学関連の議論を行っているので,興味のあるかたは覗いてみていただきたい(http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/

●「水商売ウォッチング」から見えたもの

天羽 優子…225

 

東北支部特集

●特集にあたって

井口 泰孝…230

 

●シンポジウム報告 現学習指導要領を考える — 中・高・大の連携を踏まえながら —

木村  清…231

 

●相馬高校におけるスーパーサイエンスハイスクール(SSH)の取り組み 〜科学教育と倫理観について〜

對馬 俊晴…235

 平成16年度に文部科学省よりスーパーサイエンスハイスクール(SSH)に指定された。SSHは既に平成14年度より展開されており,全国でのすばらしい実践が報告されている。これまで本校の実践した内容で,本校の特徴の1つとしての理数系教育の中での「倫理観」に関する取り組みについて紹介する。

キーワード スーパーサイエンスハイスクール(SSH),理数系教育,倫理観

 

●「自然の事象に立脚した観察実験」を通した現職教員研修 — 平成17年度文部科学省SPP事業 —

山本 逸郎・長南 幸安・堀内 弘之・東 徹…241

  「理科離れ」の解決のため,理科に対する知的好奇心を高め,興味・関心を持続させる指導方法を教師に体得してもらうように,自然と密着した身の回りの事象を分かりやすくとらえて興味関心を深めるような実験例を中心とした教員研修をSPP事業の一環として実施した。教師が先ず興味関心を抱いて,その面白さを児童や生徒に伝え,結果として子どもたちの理科好きが持続し,さらに高まることをねらいとした。

キーワード 教員研修,理科教育,理科離れ,自然事象,SPP事業

 

●小・中学校教員を目指す学生の物理学的素養はこれで良いのか? — 教員養成の実態・理科の履修歴・入試歴の分析より —

八木 一正・菅原 身奈・稲波 悠季・押切 志郎・木村 真一・八木 一平・能美 佳央・中島 円…245

 将来,小学校や中学校の教師になる教員養成系大学の学生が,高校時代に理科はどの科目を履修したのかを調査した。その結果はあまりにも偏りのあるものである。特に物理の“凋落”は目を覆うばかりで,物理嫌いが救い難い所に来ていることを示すといっても過言ではない。理科コース以外の学生は,大学時代にこの偏りを補正するほどの時間的余裕はない。これは,未来のある子どもたちの理科的素養に偏りが生ずるということである。小学校の教師は全部の教科を教えねばならないのでその影響力は極めて大きい。今回は,その調査結果とその問題点を指摘する。

キーワード  理科離れ,物理嫌い,実態調査,教員養成,科学リテラシー

 

●小学生はいつから理科が好きになるのか — 米国での物理出前授業の実践から —

稲波 悠季・菅原 身奈・八木 一正・押切 志郎・木村 真一・久坂 哲也…249

 子どもの理科離れ・物理嫌いに歯止めがかからない。筆者らは,その問題を解決しようとこれまで研究してきたが、ふと、一体子どもがいつから理科を好きになるのか素朴な疑問を抱いた。筆者らは、理科を最初に学ぶ場所である小学校段階に理科離れの原因があるのではないかと推測した。そこで,今回米国での物理出前授業の後,子どもに出前授業や理科に対するアンケート調査を行った。そして,その回答結果を分析した結果,710歳(中学年)で理科に興味を持つ子どもが多いことが分かった。さらに,理科好きな子どもほど,出前授業を受けて,理科を学習する意欲が高まることから,中学年での理科授業に重点を置くことが有効であるという結論が得られた。

キーワード 米国,出前授業,理科離れ,物理嫌い,面白実験

 

●「スズランテープ」による風の視覚化の研究

押切 志郎・稲波 悠季・菅原 身奈・木村 真一・平山 訓之・八木 一正…252

  「見えないものをよりわかりやすく」このことは物理実験を行う上で非常に重要になる。見えないものを視覚化することで,原理というものがより簡単に理解できるようになるからである。本研究室では,「空飛ぶみそラーメン実験装置」などと名付けた風を送るデモ実験装置などを開発してきた。そして,それらを使い,身近にあるスズランテープで風の流れを見やすく工夫をしたところ,これまで見えないはずの様々な空気の流れの様子が簡単に見えてくることがわかった。その研究の概要を紹介する。

キーワード 風の視覚化,デモ実験装置,ベルヌーイの定理,理科離れ,物理嫌い

 

●子ども科学館における物理ものづくり — 回転種子とストロー笛の工作 —

菅原 身奈・稲波 悠季・押切 志郎・木村 真一・八木 一正…255

 本研究室では,学校内での理科・物理嫌い対策には限界があると考え,学校外の講師による出張講座に力を入れて活動してきた。今回は「ものづくり」をテーマに,子ども達に理科に興味を持たせ,創造する力を高めさせることを目指してアプローチした。盛岡市子ども科学館で会場を借りて,幼稚園児や小学生を対象に面白工作教室を開催した。工作終了後,保護者にアンケートを取り活動の意義と効果を分析した結果,このような工作教室は子ども達の意欲を高めるのに極めて有効であり,さらに大学と家庭との意見交換をする確かな場にもなっているということが分った。

キーワード 物理嫌い,理科離れ,ものづくり,出張講座,種子模型,ストロー笛

 

学会報告

●「第15回今春の物理入試問題についての懇談会」(東京)報告

入試検討委員会・関東地区連絡会(準備会)…258

 今春も,第15回の東京における「今春の物理入試問題についての懇談会」(通称「入試懇談会」)が実施された。今回は,高校における「新課程学習者」が,初めて大学入試に臨み,大学へ入学した。実際の受験者の半数はいわゆる浪人生すなわち「旧課程学習者」であり,移行期ではあるが,新課程初めての入試が実施されたわけであり,高校・大学双方にとって,今春の入試問題への対応が,それぞれの立場での不安を抱えての取り組みであったことになる。そんな中,今回の入試懇談会では,問題の題材の適否や,その背景となる高校における学習内容の実情と課題に対する関心度が高く,いくつかの分野や学習項目について,活発で有意義な議論・情報交換がなされた。昨年度までと同様,中等教育(およびそれに接続する大学初年級)における物理のカリキュラムの問題を軸としつつ,大学・高校間の相互理解と提携が,ますます重要な課題となっていることが,実感させられた。

 

●高校理科(物理)カリキュラム検討WG案について

高校理科の課程を検討するワーキンググループ…262

 84日に開催された本学会評議員会において,日本物理学会との協同ワーキンググループである「高校理科の課程を検討するワーキンググループ(以下,WG)」から,次期教育課程に関して,本学会から提案する内容の基本的枠組みについて中間報告が行われた。評議員会でも活発に意見交換が行われ,この問題は,会員諸氏の関心も高く,また学会としても重要な意見表明となることから,その骨子を速報としてここに報告することとなった。

 

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